光の存在たちと私のマニアックなおはなし②


昨日光の存在たちと私のマニアックなおはなし①の続きです。

 

 

度々ですが、あくまでも私の体験と見解のお話で

あることをご了承くださいね。

 

 

 

 

昨日は私が上と繋がって接する

光の存在たちについて書きました。

 

本来、光の存在たちは私たちの中の

たくさんの意識であること。

それは私たちを産んだ宇宙や自然界と

常に共振しながらあって、

それは名もなき様々なエネルギーの

スペクトルで、観測の仕方で無限に

広がる光なんだと私は捉えてます。

 

 

ですが、私たちの魂という光には

私たちが辿ってきた多次元、惑星の転生や

地球での転生の中でプログラムされてきた

地上で見出してきた意識(神々)という概念の元に

偶像存在の情報がちゃんとあります。

 

ある意識感覚を感じた時に、

聞いたこともない名前や姿が現れる。

 

調べてみるとどこぞやの文明の神であったり。

 

これはホントに面白いなぁといつも思います。

 

自分の中に全ての真理があって、

それらを捉えていく情報がホントにあるんですね〜。

 

 

上と繋がりながら自分の中に現れる神々や

天使たち・龍・ユニコーン・ペガサス・鳳凰

妖精さんたち、たくさんの星々。

 

 

その数はなんだかよくわからないくらい

たくさんいるのですね〜。

 

ホントにたくさんの守護に取り囲まれてるw

 

 

昔からなんかよくわからないけど

意識させられてきた存在ってありませんか?

 

 

子供の頃から見てきたその存在たちが

意識が開いて入ってきた情報と繋がって

私の中で地に降臨したのだと思ってます。

 

その存在たちが自分の意識であると自覚していく

たびに、また一つ、また一つ自分という存在と

仲直りしていくというか、自分が自分に対する

扱い方、捉え方、接し方が統合していくの。

 

 

 

太陽系にあるこの地球の基調になるのはやはり太陽と自然。

 

長い長い地球の歴史の中で世界各国で生み出され

受け継がれてきた神々。

 

シンプルな大元の光は地上で意識が細分化するとともに

たくさんの神々を産み、さらに時代に沿ってその存在

を変化、細分化してきたんですね。それも分魂といって

いいものだと私は捉えてますが。

 

それは地上の人間のご事情に合わせて言い方を変えれば

改ざんや隠蔽、封印、伝言ゲームや争いで繋がれてきた

本来の大元の真の光の叡智はぐねぐねにひっ絡まって

何が何だかわからなくなってます^^;

 

そして、より人間が理解しやすく人格的な表現で

時代に伴って姿像が変化してきたのかなぁなんて

感じてます。

 

正直、私にとって古事記など神話は面白いのですが

神々を語るものとしてはあまりに人間臭すぎて

妖怪すぎて全部読みきれなくて^^;

 

今でいうマンガのような。。。

 

昔のドラゴンボールなんじゃあないかい?

 

と思ってますw

 

 

でも真理の何を語ってるかはやっぱりすごく

シンプルなところにあって。

 

それは魂の対に出会って気づいてきたから

こそ意識の源のことが地上には太古から

語り継がれて散りばめられてることに気づく

ことができて。

 

それはやっぱり体験先行で気づくもので。

 

情報は認識するために後からやってくる。

 

 

ホント不思議だよね〜。

 

 

 

 

私はいつも上から受け取る存在や情報があって

わからないことはなるべく上に尋ねてますが

読み解けないこともあり腑に落ちないことは

感じてる感覚に沿ってGoogle先生で調べてます。

 

 

地の神々については、たくさんの説や見解があります。

 

みんなそれぞれの視点で、それぞれ色んな時代に

起点を置いて神々や人類の歴史をたどるものですが

私は、色んなことを知れば知るほど何万年何十万年

単位で歴史を見るようになってきてます。

そしてもちろん自分の感じ取る体験をもととして

自分の感覚に落ちることだけ取り入れてます。

 

 

 

 

 

つづく…

 

 

 

 

 

 

今日の最後に

 

 

 

 

物理学者のホーキング博士は

 

「神は存在せず」

 

と言い「神」という概念・言葉を議論から外し。

 

 

量子論の親方アインシュタインは

 

量子を論じる時に「神」という言葉をも用いて

量子論を解いてきました。

 

  

人類が観測できる最極小の光やエネルギーを

研究してきた両者とも真意は同じで、

 

光という物質的現象の概念として論じるか

神という人格性的現象の概念として論じるか

 

 

どちらもあっていいのだと思います。

 

それが人間ですから。

 

テスラコイルの発明家であって覚者であった

ニコラ・テスラさんもその天地の両側を

生きてきた方なのだろうと思うのです。

 

 

 

天では、全てが含まれる一つ。

 

地では、一つが細分化した1側面

 

 

私たちの中にはこの両者ともが存在してて

天の目、地の目を持ってその 

天地の真逆の現象たちを見て知って

自分の中で細分化されたもの認知して

統合してワンネスを生きていくのが

この私たちの変容の流れなんですよね。

 

私はこんな真理とよりフレンドリーで

軽やかに敬意をもって融合していきたい

と思ってます。

 

 

私も光(神)

 

あなたも光(神)

 

 

八百万の神々という日本古来から

あるこの言葉は人間のみならず

微生物や動物も植物も鉱物も火水風土

目に見えない世界にも森羅万象

全てが光 (神)であることを

教えてくれてます。

 

天の目で自分が接する体験する

全てに光(神)を見いだして、

繋がって、共存する。

 

そして、自分が体験するその光たちが

自分の中に存在してるからこそ

見いだせるもので、それが自分自身で

ある。

 

全部自分という世界なんですよね。

 

 

 

 

 

 

 

でっわ〜

 

 

グナイ〜☆彡